a casual discoveryめにゅ

リレー小説不協和音


参加させていただきました。みなさん素晴らしいですね。
面白い作品になったと思います。どうもありがとう。
ちなみに私は三番手です。

この小説は「紫の紳士録」に集うメンバーによって
描かれました。それぞれHP等持っていますので、
よろしければ以下のリンクよりお飛びください。ぴゆーんとね。

紫の紳士録 春宮氏
俺の珍生 たつ氏
ど素人 なちゆ
樽の中の犬 犬氏
蜜鑞の部屋 夜長姫氏
Curious Vista Cup -- CVC -- 長島剛氏
白衣なウーパー きみよし藪太氏
CVC最多獲得者 ふみえだ氏
CAMEL STUDIO ノムラたけし氏


■黄金比■書き手→春宮

 朝の光がまぶしかった。澄んだ空気が身体をつきぬけた。 涼しげな風が、頬をつたって首筋を冷やした。

 僕はジャージのファスナーを顎まで閉め、飛び出るほど白菜のつまったダンボールを持ち上げた。 白菜は死ぬほど重くて、二の腕の筋肉が、殻をつきやぶるように盛り上がっていた。

 錆びついた軽トラには野菜がわんさと積まれている。 ひょろひょろで、白髪混じりの無精髭をはやしたおっさんが、 悠々とダンボールを持ち上げている。身体からは想像もつかないほど野太い声で 「よいしょ」と叫び、軽々と仕事をこなしていく。 土着的というか、黒人や白人なんかにはちょっとマネできないような独特のリズム感で、 ひとつ、またひとつとダンボールの壁を作っていく。

「こっちはもういいから、セリ会場まで運んどけ」

 おっさんがいがらっぽい声で僕に命令した。その語調は少々鼻についたが、 つまらないことに意地をはっている場合ではない。僕は素直に返事をして、 全身全霊をこめて歩きだした。けれど、きっとハタから見たらへっぴり腰だったろう。 声をあげこそしないが、おっさんのさげすみの笑いが、背中にこびりついてくるようだった。

 あらいコンクリートには、しぼんで茶色くなったキャベツのきれはしや、 タマネギの皮なんかが無数にこびりついている。 あちこちに黒いシミができ、ところによっては危険なほどぬるぬるしている。 僕は肩に痛みを感じながら、てくてく市場まで歩いた。

 何年かぶりで着たジャージはもう水や緑色の汁で濡れていた。 最後にこの服をタンスにしまった時、 まさかこんな場所で着ることになるとは思いもしなかった。 いや、ほんの2、3日前まで考えもしなかった。 朝の4時からヤッチャバへきて、歳を5歳も間違えられるとは。


■黄金比■書き手→たつ

 友人があまり人工物であるコンクリートの道の上を歩くと、体を悪くし、 精神もまいらせると言っていたが、それを今実感しようとは思わなかった。

 しかし今は鉄か石か銅か鉛かそれとも全て違う例え用もない 中途半端な重みの物をかつぎながらながら歩くと、更に体はきしみ、 気もまいらせると気づきそいつに新しい事実をぶつけたいと言う気持ちが生まれたが、 自分の足がセリ会場のコンクリートを踏んでいると気付いたとき、 荷物を久々に僕の不本意な熱い抱擁から解放した。

 セリ会場は長方形の大きいコンクリートの敷地に、 コレもまた大きい屋根を、たくさんの鉄の支柱で支えている構造に鳴っている。 その中で、朝の冷たさも物ともしない買い入れ人がちらほら集まってきた。 彼らの目の前には、もう山としか例えようのないダンボールに詰められた野菜が合った。 また、軽トラや、1tトラック達がが荷台を 、餌を求める豚小屋の中の中のそれのように、 屋根を支える支柱の間を縫って出している。

 僕は抱擁から解放した荷物のチェックを受けるため、 嫌々ながらダンボールと熱く抱き合った。足はそんな僕に嫉妬したのかのように、がくがくなった。


■アレ■書き手→なちゆ

軽い眩暈。

 僕は慣れない早起きと肉体労働のせいで少し疲れてしまったようだ。
セリ会場は今日一番の野菜を仕入れようと意気込んでいる男たちで埋まり、 僕の運んだ白菜もその時を今か今かと待ち望んでいる。しばらくすると、 怒号と思われるほどのセリ開始の声と共に、朝の冷たい空気は俄かに熱気を持ち始めた。
僕はセリが始まると、あとはおっさんの帰りを待つだけなので、軽トラに戻って一休みする事にした。

「こんなはずじゃなかったんだけどな」

 何の刺激も無い、ただ会社に使われるだけの毎日。これと言った不満も無ければ楽しみも無い、そんなある日。

 僕はアレを知ってしまった。
 アレは僕の前に急に現れた。
 すぐにアレに夢中になった。
 アレがあるだけで僕の毎日は変わってしまった。
 一週間後、会社に辞表を出した。

それなのにアレは僕の前から姿を消した。姿?そんな表現でいいのだろうか。 大体アレと言う呼称自体失礼なのかもしれない。 しかし僕はアレをそれ以上上手く言い表す事ができない。アレは…。

 「おい、何寝てやがるんだ。さっさと車を出せ」

セリが終わったのか、いつの間にかおっさんは戻っており、僕は眠っていたようだ。

「すみません」

僕はそう言うと、おっさんを助手席に乗せて車を発進させた。


■カーヴ■書き手→犬

待ち切れなくなっていた僕は、車が青梅街道に出た途端咳込む様に叫んだ。

「どうなんですか、僕の、僕の文体は見つかったんですか!」


■カリタスロマーナ■書き手→夜長姫

気がつくと僕は薄暗いじめじめしたところにいた。

周りを見回すとそこは岩を穿って作った洞穴のようだった。 後ろはほぼ暗闇。そして、前方の薄明 かりがさしているほうには格子がはまっている。 触れてみると冷たく血のような匂いがする。鉄だ。 呆然としてしまった。

 あまりのことにしばらくぼんやりとしていると、 逆光に影が浮かび上がった。影は近づいてくる。 それは髪の長い女だった。

 シルエットでもわかる、ふわふわとおどる髪、豊かな胸、 くびれたウエスト。スカートの裾は腰か ら下の振り子運動に翻弄され、ひるがえっては沈黙を緩慢に繰り返している。 女全体が緩やかで平面な黒い様式美だった。

 そして、その影の体、動き、その全てが香りのように揮発し、 蛇のように僕をからめとった。僕は思わず冷たい格子をわしづかみにし、 食い入るように女を見つめた。女はとうとう僕の前まで来、格 子の前で止まると、くるりと後ろを向いた。

 そしてスカートをまくり上げる。暖気と甘い女の匂いが立ちのぼった。 女・・・女はその下になに もつけてはいなかった。突き出された臀部はわずかな光の前に、 かすかに、しかし艶やかに、しっと りと光っていた。女はそれをぴたりと格子に押しつけるとなにかをいった。

 女の口から漏れたのはかすれた異国の言葉だった。しかし、 それがある行為をうながしているのだ 。ということは僕にもわかった。鉄格子と女・・・。 「ああ、すると、僕は死ぬんだな・・・。」 一瞬で悟った。

・・・ローマ的慈悲・・・。

 昔、ローマには「死刑囚に、死刑執行前夜に女をあてがい 、牢屋越しにこの世の最後の悦びを与え る制度」があったと聞いたことがある。

 そうか、なんの咎かは知らないが、あまりにも単調な日々を送る僕に、 最後の時と、女神が降りた わけか。神様も粋なことを・・・。

 なぜかとても落ち着いていた。腹は決まっていた。着衣をとった。

 改めて近寄ると、女の温かさと香りが格子のあたりによどんでたまっていた。 僕はそれを乱すように女の臀部に手を伸ばした。 突き出された双丘は宝物庫のダイアルだった。つかんで右に左になで回 すごとに冷たさがゆるみ、その神秘がリアルになっていった。

 それから、左手を軽く女の腰に回し、 右手をゆっくりとおろしていった。冷えていると思ったそこ は意外にも暖かく潤んでいて、僕を驚かせた。 ここに来る前に準備をしてきたのか、それとも敏感な たちなのか。そっと指を挿入すると、女はなにかをかすれ声で、 うめくようにつぶやいた。柔らかい が突起のあるその中は、すぐに、ますます熱く潤みを増した。 女の声も高まっていった。吸い付くよ うな感触に取り込まれそうになり、むやみに指を動かすと、 女はたまらず腰を動かした。

 強くなった女の匂いがむっと立ちのぼってきた。 それを合図に僕は指を抜いた。女はよりいっそう 格子に腰を押しつけてきた。

 鉄格子を隔てて、見知らぬ女と僕は不自由に結ばれた。 女はやはり敏感なたちだったらしく、僕が 数回波の動きをまねると、わけのわからないことを 口走りながら腰を痙攣させ僕を締めつけた。そし て、乱暴にすればするほど悦んだ。狂ったように頭を振り、 髪を蝶のように広げ、鱗粉を飛ばさんば かりに振り乱して異国の言葉で哀願し、叱咤した。

 そして、鉄格子が二人の体温で暖まるころには、 僕もまた行為に夢中になっていた。人間の皮を脱 ぎ捨てて女があえげばあえぐほど、 僕は残酷な気持ちで腹に爪を立て、鉄格子をガタガタいわせた。

 ふと気づくと、僕は音楽をきいていた。いや。音楽ではない。 それは詩だった。女のあえぎと、達 するたびの痙攣と、その締めつけ。僕の高まってゆく残酷な気持ちと、 鉄の鳴る音。それは、まさに肉体から零れ落ちた詩だった。 そして、その詩は僕の文体だった。僕にしか感じられない美しい、美 しい、金の鱗粉に彩られた血なまぐさい文体だった。

 そして、最後のピリオドに僕は達した。

 誰かに揺すぶられて僕は目が覚めた。 「あ、やっとお目覚めね。」僕を揺すぶっていた女がいった 。「ああ、起きられましたか。歩けるようなら帰りましょう。」 取引先の部長がいてそういった。あ あ、そうだ。ここはクラブだ。 僕は接待でここに連れて来られたのだった。なぜ寝てしまったのか。 頭が重いと感じた。

 家に帰り着き、ポケットを探ると、 店の女が帰り際に渡した名刺を見つけた。「クラブ。ローマ」

ローマから取り寄せた調度品で飾られた、 接待でなければ縁のない高級クラブだ。そういえば帰り際 に謎めいた笑みをもらしていたママはあの女に似ている・・・と思った。

 それからは眠りに落ちるたびにあの夢に悩まされた。 しかもいつも詩が完結する一歩手前で目覚め てしまうのだ。もっと眠りたい。なにもかも忘れて、 疲れて疲れて泥のように眠れば、いつかあの詩 をまた完全につかむことができるのではないか。 そう考えてついた肉体労働の仕事だった。しかし、 いくらなんでも仕事中に眠ってしまうとは・・・。 しかも、またあの夢を見て、目を開けてすら夢う つつで世迷いごとをいってしまうとは・・・。


■4枚と19行■書き手→長島剛

記憶が飛んでいる。気がつけば、帰宅途中の電車の中。

 この二ヶ月、三日に一度の割合で、記憶が飛んでしまう。

 巣鴨のヤッチャバからトラックに乗り込み、 後楽園方面に向かう途中の白山のカーブで、僕の記憶が止まっている。 そこから今現在までの記憶がない。

 何が起こった?

 ぼけっとの中に手を突っ込むと、 昨日まで持っていなかった取引先の言問部長の名刺と、 「クラブローマ」の名前が入った名詞。

 どうやら仕事のあとに言問部長とクラブローマに行ったらしいことが分かる。

 もはや何度こんなコトを繰り返してきたのか分からない。 普通に生活していて、ある時突然記憶を失い、気がつくと別の場所にいる。

 人格分裂。それしか考えられなかった。僕の中にもう一人の僕がいて、 そのもう一人の僕が僕の身体を乗っ取って生活しているのだ。

 原因は多分、二ヶ月前にいなくなったアレの所為だろう。 アレが失踪してから、僕は記憶を失い続けている。

 僕は、どうやればもう一人の僕を出現させる必要のない 生活に取り戻せるのか、考えなければならないだろう。 いつ事故が起きてもおかしくない。

 でも、もしかしたら。

 そう、余り考えたくない可能性もある。 つまり、僕の意識の方が「もう一人の僕」である可能性だ 。本当の「僕」がいて、僕はその本当の僕の中から 発生した別人格である可能性も無いわけじゃない。

 僕の持っている過去が、僕の人格を形成するために作られた過去である可能性。

 僕がもう一人の僕の身体を乗っ取っているのか、 もう一人の僕が僕の身体を乗っ取っているのか。

 「アレ」は……いや、アレは確実に存在していた。存在、という表現も難しい。

 幽霊、という表現が最も的確なのかもしれないが、 アレは自分を幽霊ではないと言い張っていた。確かにそうかもしれない。 アレは肉体を持ち、僕は何度もアレと交わった。 しかしアレは何も口にすることはなかったし、 たまに奇妙な聞いたこともない言葉で独り呟くこともあった。

 僕の手の中に、アレの感触は残っている。アレは確かに存在していた。

 自分の部屋に戻りベットに潜り込むと、僕はアレを思い出す。

 そう言えば……寝言で一度だけ明確な日本語の寝言を言っていた。 それはまるで僕に質問するかのような寝言だった。

「あなたの文体は誰が見つけるの?」

 文体って、なんだろう。もしかしたら、 ココに僕の意識が飛んでしまう原因があるのかもしれない。

 僕は文章など書かない。最近書いた文字といえば、 カラオケボックスで会員になる際に書いた名前と住所だけだ。 ほかに何かを書いた記憶はない。

 待てよ。アレは……もしかしたら僕の妄想なのか?  僕の中に潜む僕は文章を書くような人間難じゃないのか?  そうでなければ言問部長とどうして飲みに行ける?  言問部長は昔に小説家を目指していたことがあると言っていたような人だ。 そんな人と僕が懇意にできるわけがない。

 もう一人の僕は、一体何者なんだ? それが僕の本来の姿なのか?  ども僕の部屋には何かを書いたようなモノはどこにもない。

 イヤ……

 僕は飛び起きて、アレが消えて以来、 しばらく稼働させていなかったパソコンの電源を入れた。

 そこに、小説が何本も書かれていた。書いた記憶はない。 誰かがこの部屋に入ってきて書くなんてコトはしないだろう。 とすると、この小説は……

 長さにして二十枚くらいの短編が五本あっ

 眠い。

 どうやら寝ぼけているらしい。クラブで飲み過ぎたためだろうか。 記憶が途切れていた。頭を横に振って周囲を見回す。 どうやら自分の部屋らしい。パソコン画面を前にしているところを見ると、 帰宅してすぐに小説を書こうとしていたのだろうか?

 苦笑して、僕はパソコンの電源を切った。 今は書く気分になれない。僕は僕の文体を見失った。 言問部長とそのことについて今日は話し合ったが、 切っ掛けがあれば見つけだせるだろう、といわれた。

 そう言えば、ママは夢の中に出てきた女だけではなく、「アレ」にも似ていたな……

 そんなことを考えながらベットに入り、 僕は明日の朝にまたヤッチャバに行くため、眠りに就いた。


■ブルーベーリーの唇■書き手→きみよし藪太

  暖かな陽射しとは裏腹に、窓を開けるとその風は冷たい。

 僕は一日だけの休日を、それでも持て余してパソコンの前でぼんやりとしていた。

 最近記憶が、飛ぶ。

 なんだっていうんだ、一体。文体って何だ。僕の事なのに僕が知らない自分自身なんて、 そんなのは絶対に変だ、おかしい。どこで狂ったのかといえば、 それはアレが出ていったその時で、僕は少しずつ崩れていっているのだ。

 僕の、大切なもの。

 出ていってしまった、僕の一番大切な。

 書き覚えのない小説は、僕がまったく読んだりしないジャンルの話だった。 抽象的な、どちらかといえば恋愛小説といえそうな。 僕は考える。これは僕が書いたものなのか? もしかして、 アレ、が書いたものなのでは。

 たとえば、僕が深い眠りについてしまった夜の真ん中の、 カーテンを少しだけずらして外灯の光を射し込ませた、 その微かな明かりの中で書かれたものだったとしたら……。

 これは、メッセージなのだろうか。

 チャイムが鳴った。

 いきなりのそれは僕をとても驚かせて、 慌てて椅子から立ち上がった僕はパソコンディスクの上に 置いてあった何冊かの本を落としてしまう。
 ちゃりん、と。

 軽いのに、存在感のある音がした。

「なに……」

  チャイムは鳴り続けている。僕が中にいる事を 、確実に知っているかのように。

 僕は一瞬迷って、けれどもどうしても気になって音の行方を捜した。 パソコンの下ではない。音は確か、後ろの方に。

 振り返り、フローリングの床に腹這うと、椅子の脚の角に銀色のものが落ちている。

 歪んだ指輪だった。

 僕の小指にぎりぎりはいるような。

「指輪?」

 アレは指輪なんてしなかったのに、いや、 これを僕は知っている。夢に出てきた女の左手、 中指に嵌まっていたはずでは、 それともクラブローマのママその白い手だっただろうか、 僕はこれを確かに、と何かを思い出そうとしている頭の奥に、 チャイムはまだまだ鳴り響き続ける。誰だなんだ郵便物か宅配便か、 と急いで玄関を開けると、僕の想像していたものとまったく掛け離れたものがそこにいた。

 ブルーベリー色の唇をした、銀の髪の女の子。

「ほうら、居たじゃない」

 ひとりだけなのに、彼女はにっこりと唇を持ち上げてみせる。

「女の子待たせるのは駄目でしょう、さて、紅茶は嫌いなの、 ココアはちゃんと常備されているかしら?」

「……誰だ、君は」

 身体にぴったりとしたミディアムブルーの ワンピースは彼女のラインをすべてはっきりと僕に見せ付けていた。 そういえば、アレを抱いた最後はいつだ、 僕の中の欲望はどこへ行ったのだろう、ここにまだあるのだろうか。

「あらいやだ。アタシを知らないなら、もう一匹の方か」

「もう一匹?」

「そうよ、アタシが会いに来たのはあんたじゃないあんたよ、早く出してよ」

「……僕の記憶が飛ぶ理由の、それを君が知っているとか言う?」

 彼女はくふふふふんと笑う。目を細めて。

「あんたの大事なアレは帰って来たの? 眠ったまま生きてるような、 可愛い可愛いお人形さんはさ」

「君は誰なんだ……」

 もうひとりの僕の知り合い? もうひとりの僕も、アレを知っている?

 僕と僕の共通点は、アレ、ただそれひとつ? では、僕と僕を繋ぐ点がアレだとしたら、 僕は自然に任せていないでさっさと捜し出さなくてはならないのではないだろうか。

「なんだ、何にも分かってないのか。 じゃあ、ひとつだけヒントをあげましょ。あんた、文体見つかった?」

「なっ……」

「あんたが探しているのは、あんただけの文体じゃないでしょ? もうひとり、それに関る人がいたでしょ? それも思い出せてないの? じゃあ、一生かかってもアレは あんたの手元に戻ってこない事になるわね」

 誰だ君は、三度目のその問いは僕の口の中で乾いてしまっていて、 どうしても出てこなかった。代わりに、僕の中から。

 僕の中から、違う、それは、いけない駄目だ、意識が、 白い雲みたいな霧みたいな、僕の、僕は違う、僕が本物だ、 僕は、そうだ僕が、駄目、いけない僕が、どうし、 た、とい、うの、だろう、ぼ、く、は、僕、は。

「出てくる?」

 アタシの会いたい方を出してよ、と銀髪っ娘は笑う。 ココアをいれて頂戴、お砂糖は角砂糖を三つよ、 お湯じゃなくて温めたミルクでいれて頂戴。

 僕は膝から崩れ落ちた。

 ちょっと待ってくれ、と笑い出したい気分だった。 違う。君が望んでいるもうひとりの僕でもないものだ、 今の僕は暗い闇みたいな、本物の夜みたいな、 なんだか分からないものが喉元からじわじわと染み出してきそうで。

「『わたしはここよ』」

 彼女がアレの声で囁いた。ア、レ? 「『わたしはここよ、早く見つけ出してよ』」

 笑っている銀の髪、けれども声は悲しそうなアレの、僕の耳が拾い慣れたあの声で。

 さっきから握っていた指輪が、僕の手から離れた。 僕の身体はコンクリートの冷たい硬さを感じていた。 白くて細い指が、それを拾ったのが見えた、 そんな気がしたのだけれど、どうなのだろう。

 意識を完全に失う前に、 僕は仕事場で使っている軽トラの鍵の事を、ただただ考えていた。


■パッシングディミニッシュ■書き手→ふみえだ

 腐った白菜の匂い、軽トラの鍵、昨日まで何の価値も感じられなかったそれらだけが、 今の僕を唯一現実に繋ぎとめてくれる物になってしまった。

 失っていた意識を取り戻しかけた僕が、 救いを求めるように思い浮かべたのは、黄色くヤニ臭い歯でにやりと笑う、 ヤッチャバのおっさんの顔だった。吐き気がした。

 しかし瞼を開けた僕の視界にあったのは、ブルーベリーの唇。

「あんたもうほとんど壊れかかってるわよ」

 銀髪の女はうれしそうに笑いながらそう言った。

「全く何ひとつ、これっぽっちも分かってないのね。 そう、少しは分かっているつもりみたいだけど、 本当は分かっていないことさえ分かってないのよ」

 僕をあざ笑う、融けかかったようなブルーベリーアイスクリーム。 からかうように翻弄する彼女に、憎しみすら抱きそうだというのに、 僕はそのアイスクリームの甘さを味わうことばかり考えていた。

「馬鹿ね。壊れて無くなりかかってるのに、頭の中身は情欲だけ?」

 僕の考えていることが分かるのか? 

「分かるわよ」

 それとも僕は気づかずに思ったことを声に出しているのか?  彼女は僕の顔を見て、声にだして笑う。

「あんた、アレを取り戻したいんでしょ」

 そう、アレだ。分からない。アレって?  僕は最初から知らないのか、それとも忘れているだけなのか?

「知ってるとは言えないでしょうね。 あんた達の世界の言葉じゃ未熟すぎて言いあらわせないわ」

 教えてくれよ。頼むから教えてくれ。僕は彼女の腕を掴み、 乱暴に揺するように訴えた。まるでマシュマロのような二の腕。 またも僕は、むしゃぶりつく自分の姿を思い浮かべた。

「だからあんたたちは……」

 彼女は堪えきれないといった調子で笑い出した。

「いいわよ、教えてあげる」

 もったいぶった物言いで、彼女はからかうような視線を僕に向ける。

「あんたたちの言葉でいえば、近いのは……、 そうね、『秩序』とか『真理』。 他にもあんた達が使っている呼び名があるけれど、 恥ずかしくって口には出せないわね」

 真理……秩序……。僕の人格が分裂したのもそのためか?

「拝んだり、願ったり、嘆いたり。 行くべき道を照らして欲しいだなんて、 あんた達は、アレを信じてるんじゃない、 ただ盲目になってるだけよ。盲目にさせられて、 何を知ることが出来るのよ。アレなんかより、 あたしから得る物のほうが、どれだけ多いか」

 それじゃ、君は何者なんだ? 彼女はかまわず続けた。

「それでね、あんたはアレを犯したのよ。鉄格子ごしに、笑っちゃうくらい不恰好にね」

 そう言いながら彼女は一段と大きな声で笑った。 その笑い声と不協和音を奏でるように部屋の電話が鳴った。 現実の世界の電子音。

「あんたによ」

 僕はためらいながら受話器を耳にあてた。

「よう、俺だよ」

 聞こえてきたのは、僕の良く知っている声だった。 二十六年間、ずっと僕と共にあった声。 そしてずっと嫌い続けた声。そう、紛れもなく僕自身の声だった。

「あはは、分かるか? 俺だよ。でもな、お前は俺だが、俺はお前じゃない」

 そう言うと、受話器の中の『俺』は大声で笑い出した。 人格の分裂なんかじゃないのか? もう一人の僕が別の場所にいるのか?

「待ってるよ、ワイルドワールドガーデンで」

 電話はそこで切れた。『ワイルドワールドガーデン』?  なんだそれは? そこに行けば何かが分かるのか?  僕は彼女を訴えるような目で見つめた。

「いいわよ、連れてってあげる」

 マシュマロが動き、僕の腕を掴んだ。


■アナーキー■書き手→ノムラたけし

-wild world garden-

ネオンもないその店の入口を通り僕は地下へ続く階段を下っていった。 階段にはsexするものや刺青を体中に彫ってるものが座っている。

不思議と怖いという感覚はなかったむしろ懐かしい感じさえする。

下りきった階段の前に分厚い扉。誰かの血なのだろう茶色いしみがべったりとついている。

「どうぞ・・・」

ブルーベーリーの唇はまるで貴族のように僕を導いた。

入口でビールを受け取り僕は分厚いドアを引く・・・

<爆音>

「ど・・お・・で・・・・ょ。」

とても彼女と会話が出来る状態ではない。 耳を劈く電子音に軽いめまいを覚えながらふらふらと人ごみをかきわける。

壁に背中をつけ身動きの取れない状態で周りを観察すると、 なるほどトランス系のイベント小屋らしい。 それにしては妙な点がある。 まるでLondon Nightにいるようなモヒカンの兄ちゃんや、 近くに寄っただけで体中アナだらけにされしまそうな 棘だらけの皮ジャンを着た連中もいる。 連中はトランス系サウンドにもかかわらずPOGOを踊る。電子音が止まった。

照明が落ちると連中は歓声をあげはじめた。 明らかにさっきまでとは雰囲気に僕は戸惑いながらも興奮した。

会場のテンションは今にもはじけ飛びそうになり、 さっきまで鳴っていた爆音よりも歓声は大きくなる。

その歓声も再び爆音にかき消された。地震のよ

うなドラムの音。頭蓋骨ごと振動する重低音。

発狂するように僕はフロア中央に踊り出た。 秩序なんて物はここにはない。 彼女は僕に何を見せたかったのだろう、そして『俺』はどこにいるのだろう。 もうそんなことはどうでも良くなっていた。 今の僕はただ爆音のなかで暴れまわっているだけの肉塊となっていた。

自分の力で立てなくなるほどもみくちゃにされ、フ ロアを抜け狭い通路を通りトイレへ行くと彼女が数人の女性に犯されていた。

「邪魔すんなよ!」

鼻にピアスをした金髪の女性が僕を殴りつけると、 他の女性も僕を殴り始めた。抵抗する気力もなく、 ただなすがままにされていると彼女たちも 気が済んだのか唾を僕に吐きかけフロアに戻っていってしまった。

血まみれになりトイレの床に座ると僕はタバコに火をつけ彼女にきいた。

「秩序?真理?そんなものここにはなかったよ。」

「そう・・・じゃあ目をつぶってくれる?」

腕の内側にチクリという感触があったかと思うと 静脈を通して僕の体に射精の10倍の快感が走った。 心臓が脈打つたびに体中に快感が走り僕は床に倒れこんでしまった。

「どう・・・?」

もう・・・何も答えることは出来ない・・・

混沌とする意識の中でどうにでもなれと快感に溺れ意識を失っていった。

どうやってウチまで帰ったのかは覚えてないが翌朝起きたときもまだハイな状態だった。

・・・夕べは何があったんだ・・・

銀髪の女はもう部屋にはいなかった。 のどが渇いたので寝室を抜けリビングへ向かうとそこには大量の原稿用紙が散乱している。

そして紫のソファーの上に原稿用紙を読む『俺』が座っていた。


■終曲――成立和音■書き手→長島剛

「よう」もう一人の僕――紛らわしい言い方だから 「彼」と呼ぶ――は原稿用紙を見たまま話しかけてきた。 「目が覚めたか? 二十六年の付き合いにして、 初めてお互いを認識するというのも奇妙な話だけれどもな」

 僕はそれほど驚かなかった。彼の存在は昔から知っていた。 彼は僕だ。今、僕の目の前に彼がいる。それだけのことだ。

「ねえ、コレは夢なのかな? 一体何がどうなっているのか、全く分からないんだ」

「夢じゃない、現実だ」彼は相変わらず原稿用紙に目を落としたまま。 「この世界は本来、非常に不安定なのさ。 ただ誰もそのことに気付いていないだけだ。ちょっと時間と空間の誤差が生じると、 今の俺達のように、お互いの空間のズレの中に入り込んじまうってことだ」

「それは、異次元空間とか平行世界ってコトなのかな?」

「厳密に言えば違うんだが、まあそれに近いようなもの。大した違いはない」

 原稿を読み終えたらしく、彼はやっと僕の方に目を向けた。

「多分、訊きたいことは山程あるんだろう。 俺の方からも訊きたいことが大量にあるくらいだからさ。 でも、余り時間がないから、簡素に行こうか。まず、俺の質問に答えてくれ」

 分かった、僕は答えた。

「どうしておまえはあのとき、自殺しなかったんだ?」

 あのとき――アレを失ったときのことだとすぐに分かった。

「自殺も考えたんだ。でも僕は、もう一度アレに会いたかった、それだけだよ」

「そうか。もう一つ、アレともう一度逢って、なんで何もしなかった?」

 何もしなかった?  「まさか、僕はアレを何度も抱いたよ。何度も射精したし、 アレも何度も果てたし」

「……そうだったか。俺はそこまでは知らなかったんでな。俺の質問はここまでで良い」

「それじゃ僕の質問だ。アレは一体、なんなんだい?」

「おまえの中のおまえだ」彼は言い切った。 「おまえは、文章を書く人間だったんだ。しかしある時、 おまえは自分の文体と現実の境界線が曖昧になっていると考え出した。 結果、おまえは自分が今まで書いてきたモノを 現実の出来事だと信じ込んじまった。そのときに、 おまえの中の時間と現実の時間に誤差が生じたのさ。 幻想が現実と重なり合い、過去と現在が混沌の中に飲み込まれ、 俺の世界とおまえの世界との境界線が失われ、 アレがおまえの世界で現実のモノとなったってことだ」

「なんで君には分かる?」

「当然だ、俺がおまえを作り出したんだから」

「僕は君の幻想が生み出した、本来存在しない人間なのかい?」

「そうとも言えるし、その逆でもある。所詮、 どっちが幻想で現実かなんて、誰にも分からないことだ。 俺だって分からない。ただはっきりと分かっていることは、お まえが今まで否定してきた今の自分を、自分の中で認めつつあるってコトだ」

「僕は僕自身を肯定しているのか?」

「そうだ。そのために、現在と過去の境界線が元に戻ってきている。 秩序やら真理、そういうモノを自分の中で見つけだしているからな」

「それじゃ、アレは女じゃないのか?」

「バカな」彼は笑った。「すべてが狂っていた中に、 女が現れる分けないだろう。アレはおまえがイメージしたおまえ自身の一部だ。 ただ、あのとき、軽い目眩を感じたときから、 すべての境界線が失われていただけだ。もう、時間がない。 多分この原稿を読み返せば、すべてが無に帰るだろうが、 求める必要性もないだろう。コレは俺が貰っていく」

 直後、すべてが消滅した――

 ヤッチャバに僕はいた。古びたジャージを着ている僕がいる。

 何かが僕の頭の中を通り過ぎた気がする。一体なんだろうか。 何が起こった? 記憶が飛んでいる気がするが、 それはほんの一瞬のことのようだ。冷たいコンクリートから伝わってくる感触が、 僕の精神を狂わせていたのだろうか?

 軽トラのキーを手に持っていることに気付いた。 いつ、こんなモノを持ったんだろう? ポケットの中を探ると、 「クラブローマ」の名刺や歪んだ指輪まで出てくる。

 なんだ、コレ?

 それが何かは分からない。でもそれらを見ていたら、 久しぶりに小説を書きたくなった。欲情の激しい小説が。 どうやら、僕はもう一度書くことに挑戦できるようだ。

 おっちゃんが僕に笑いながら言ってきた。

「あんちゃん、三十歳越えてんだっけ?」

 相変わらず僕の年齢を五歳も間違えている。


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